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日本では42歳の男性は厄年で、厄払いに行くそうですが私は行っていません。

42歳になって数か月経ちますが、良いことばかり引き寄せています。

厄年という風習がなぜ未だに残っているのか不思議でなりません。

人生の曲がり角にあたる年代だからという根拠や起源もあいまいな
このような厄年が何か悪いことを引き寄せてしまうのだとしたら、
厄年はいい加減、淘汰されてもいい頃だと思うのです。

一方で、厄年という節目があるから気を引き締め、また無事に乗り越える
ことができることで感謝が増すのだとしたら、必要な風習なのかもしれませんね。

42歳の厄年に何か大病やトラブルがあったら、「ほら、厄年だから」と
意味付け、深く考えずに済むというものありますし、厄年だからということで
何かを引き寄せてしまうことだってあることでしょう。

ところで、外国に長く住む日本人の方はどのように厄年を考えているのでしょう。

男女で厄年が違い、国によっては全く関係ない厄年というのは、
『自分の意識が作っている厄年=引き寄せの法則』が現れて、
おみくじや占いの延長線上にあるもののような気がします。

見方によって、受け入れ方によって変わっていくのですよね。
(特に自分に都合の良い物しか受け入れないとか)

国の風習もさることながら、家族の決まりや文化も個人の人生に
影響を与え続けて来ていました。

いつの間にかそれらの一部がルール・規則となって個人を作り、
そしてそれらのパワーに従って引き寄せられるものが決まっていく…。

躾や倫理道徳に関わることや良いルールだったら感謝することに
なるけど、そのルールや規則も変わっていきますからね。

なにより、自分自身が変わっていく。

私は、引き寄せの法則関連の本を読んでから自分の中に抱いていた
ルールや規則を見直してみました。

結構、自分に厳しく、他人にも厳しいものが多かったです。

思い込みが強い観念もあり、自意識過剰さや自己愛の強さが
いつも顔を出してきました。

今年は大きく変わることになりそうです。

なぜならそれらを引き寄せているからです。

これからこのブログでは、
引き寄せの法則を読んでからの『今』を書いていきたいと思います。


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