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先日、同い年で億を稼いでいる人と初顔合わせしました。

共通の知人からお互いのことは話にでていたので、
あちらも私のことをある程度は知っていました。

知人を介して改めて自己紹介するのですが、
「何だか懐かしいな~」という感覚をおぼえました。

自己アピールが上手いというかギラギラしているのです。

自分のビジネス的な実績をさらりと盛り込み、
その場の優劣性やイニシアチブを計ってくるのです。

私は彼の話を広げ「あなたと対峙するつもりはないし
私はあなたの敵ではありませんよ」的なアピールをする
のですが、一連の儀式的な彼のギラギラアピールを
浴びることになったのです。

「ああ、懐かしいな~。このビジネスフィールド」

嫌いじゃないのですが、私もこのような時期があった
だけにちょっと恥ずかしくなってしまったのでした。

また、
ビジネス的なことだけではなく、私が悩み続けていた

【自分を認めてもらわないと、相手を認められない心の癖】

を、このような形で眼前に見せつけられたことで
「懐かしいな~」という感慨を持ったのだと思います。

今でも私は持っている癖なのでしょうかね、
「相手が好きになってくれないと自分も好きになりづらい」
とか、
「相手が自分を認めてくれないと認めてくれるまで頑張ってしまう」
などという面倒くさい性格のことです。

言い換えるなら、
「愛されないと愛さない」というようなズルい人間とも言えます。

自己愛過剰や認知欲求というような心理学的な話は横に置いて、
引き寄せの法則的にはどのような現象になっているのかを
書いて整理してみたいと思います。

1、自分の世界(経験)は自分が創っている。

2、自分の意識が創り上げている世界なのだから、他人も自分が
創り上げているのであって、自分の一部である。

3、自分だけが違うとか、世界から離れているという孤立感では
自分だけのルールや制限に従った世界になっていく。

上記の考えはスピリチュアル的な本を読んだことがある人なら
すぐに思い当たる部分であると思います。

自分が認められないと相手が認められないというのは、

まず、
『自分の創っている世界を信用していない』ということになります。

もうすでに自分は完璧な存在であり、別に相手にそれをわからせる
必要がないはずなのです。そればかりでなく、認められたいことを
あえて挙げるということは認められたいことがまだ自分でも認めて
いないもっと認められるべきだという欠乏感につながってしまいます。

次に、
『自分と相手との考えの違いを許せていません』

自分を認めてもらいたいがために相手の考えを自分の思うように
コントロールしようとしているところがあり、相手をそのまま
許容できないということは自分を許容できていないことの
表れでもあるとわかります。

最後に、
『認めてもらうことが幸せと直結していると勘違いしています』

そもそも自分を認めていれば、その「相手(という妄想)」に認めて
もらおうという発想にはなりません。自分が認めているんですから
もういいじゃないという状態になれているか問われています。

世界的なチェリストのヨーヨーマ氏は、いつも楽しそうに演奏しています。
あまりに伸び伸びと緊張感無くチェロを奏でるので、インタビュアーが
彼にその理由を聞いたのでした。

「だって、認めてもらいたいという欲求がないからね、
上手く弾かなくちゃという緊張や失敗したらどうしようという不安
って、自分が仲良くしたい感情ではない。本来の自分を信じて
楽しく弾いたほうが楽しいでしょ」

このような応えをしていていたと思います。

ヨーヨーマ氏がスピリチュアルなことに興味があるかないかは
よくわかりませんが、
外の世界との関係を気にするから緊張や不安が生まれ、
相手を含めた外の世界と自分との関係、そして本来の自分を
どう捉えていくか、感じていくかを表している例だと思いました。

億を稼いでいる同い年の彼がなぜ私に対して認めてもらいたい
欲求が出たのかを今考えています。

どうでもよい相手だったらギラギラする必要もないですし、
また、一方で、私の中にまだギラギラしたものを彼が見たから
反応したのかもしれません。

引き寄せの法則的に考えると私が彼を引き寄せたわけでして、
おかげで私のさらなる欲求や信念が以下のようにはっきりした
ように思います。

「ああ、もう私はギラギラしなくていいんだ」という安心感。

「このビジネスフィールドにいないで無限の豊かさを
享受できるようになってきているんだな~」と
思考を向けることができました。

豊かになることとビジネスを結び付けてしまうと制限やルール
のないマネーゲームになってしまいますので、不満足さや
ストレス、劣等感などに苛まれやすくなります。

引き寄せの法則では、エイブラハムが次のように語っています。

「豊かさを望み、だが働かなければ豊かにはなれないと信じていたら、
豊かになる唯一の方法と信じることをしたくないのだから豊かになれない。
しかし、豊かさだけを取り出して考え、嫌だと思う労働と組み合わせなければ
豊かさを引き寄せることができるだろう。解決策は、対立から目をそらして
自分が望むことだけに目を向けることにある」

「働く=嫌だと思う労働」という前提がありますから、それと豊かさは
関係ないというのは理解できますよね。

一方で、働くということは社会に認められたいことであり、特にお金
という見返りで認められたいと考えてしまうものです。

『社会に認められて豊かになれると思っているから嫌な仕事もしている』

社会と自分、お金と評価、豊かさと我慢、色々な物が詰まっています。

ここを上記のように豊かさと仕事を分けて考え、何を欲して、どうありたいのか
に思考を向けることで思う通りの引き寄せが起こることになるのです。

外から認める、認められるのではなく内から認めるといった感じです。

外の代表格でもある社会やお金も自分の意識が創っているのですからね。


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