ウィニペグで高校生の娘がAIに警戒感を持ち、不安に思うこと。
うちに帰ってくるといつも高校での出来事を話してくれる娘。
「今日のソーシャルスタディーズ(社会科)のテストが返ってきたんだけど、何点だったと思う?」
元気に聞いてくるから、これは相当良い点だったと思うわけですw。
「えっと、92点くらい?」
「もっと上。ママも誠賢(弟)も何点かGuessして(当てて)みてよ」
96点? まだ上ってことはもしかして100点?
「はい皆さん、ハズレです。正解は……」と見せてくれた答案用紙は、

なんと、『103点』(←誰がこの点数を当てられるっていうんだ!w)
テストではたいていボーナスポイントをもらえる問題があって、プラスされるようです。
カナダのテストの回答用紙の正解をつける印って、✅チェックマークなんですよね。
日本の場合はむしろ間違っている際にチェックマークがついていた経験があるため、日本の教育を受けてきた人ならちょっとビックリすると思うのですが……あれ、そうでもない?
娘は、それほど勉強ができる(天才)といった感じではないのですが頑張り屋さんで、

たいていのテストで満点に近い数字をとってきます。
「運動でも演奏でもそうだけど、準備とか練習、予習をあらかじめしておくと自信が出るからそれほど緊張しなくてすむよね」
この子の爪の垢を煎じて高校時代の私に飲ませてやりたい……。「どうせ緊張するんだから何もしない」人だったからw。
娘の友達はほとんど勉強せず、いつも赤点ギリギリの数字をとっているようです。
娘のように家で勉強する子のほうが少ないのではと思えるし、そもそもカナダの公立の学力って日本に比べると全然遅れているように感じるのですがどうでしょう?(カナダ在住の親御さんで納得してくれる人は少なくないと思う)
娘にはこの調子で大学の奨学金をもらえるくらいの学力をキープして欲しいと願っています。
さて、そんなテストの成績がよい娘が、将来などについて不安を持っているというのが今回のお話。
娘の趣味はiPadで絵を描くこと。
たとえば鬼滅の刃のキャラを作るとしたらこんな感じというキャラを描いて海外の鬼滅の刃コミュニティにアップすると、イイネをもらえるようになり、そのうちファンが増えて……という流れを楽しんでいます。
アーティストが集まるようなそのコミュニティでは【AIを使うやつは出ていけ】という厳しいルールがあるようで、ちょっとでもAI生成された部分があるとコニュニティから叩かれるそうです。人間の芸術性をAIに汚されたくないという感じでしょうか?
その影響からか、娘もAIにはとても警戒感を持ってしまい、私たち夫婦がAIについて話すことさえ嫌な顔をします。
ただでさえ多感な時期なのに、HSP(ハイリーセンシティブパーソン)という心が敏感すぎる気質なため、最近では以下のような不安をもっているようなのです。
1,将来なりたいと思う職(芸術系や言語系)もAIに取って代われてしまうという不安
2,パパとママがChatGPTなどAIを使いすぎていて、AIを信じ込んでいるのでは?という不安
3,自分もやがてAIに影響を受けて自分で考えない人、AIに頼りすぎるようになってしまうのではという不安
などを先週、感極まって泣きながら私たちに話してくれたのです。(よくぞ信頼して私たち親に話してくれた!ありがとう)

上記のどの不安も持って当たり前だし、むしろ親を否定してからの自立につながって欲しいと娘の成長をほほえましく感じるとともに、AIの台頭という時代を表している不安だと感じたのです。
歴史を振り返れば、1880年ころから電気がインフラとなり、蒸気機関車、車、テレビ、インターネットなど産業革命的な流れを人類は経験してきました。
一部の宗教では電気を使わない生活を続けている宗派もありますし、ネットが規制されている国もあります。
テレビを観たら・ゲームをしたらバカになるといわれた時代もありますし、クレヨンしんちゃんを観て育った子どもは将来が心配なんて記事もありましたが、一時期観ていたうちの子はテストで満点をとるようになっています。
何が言いたいかといいますと、娘がAIを毛嫌いするのがどうも気になってしまい、
「もしかしたら、AIもかつての電気やテレビの普及のように生活を豊かにしてくれる可能性があるかもよ」ということをまず伝えることにしたのです。(もしかしたらAIが人類を虐げる可能性もあるけど)
AIってちょっと新興宗教に似ているところがありませんか?
傾倒してしまう、信じ切ってしまう、依存してしまう人がいますから。
嫌悪感・アンチが出てくるくらいその存在感があるというのも新興宗教っぽい。怖くなるのもわかる部分はあります。
あなたはChatGPTやGemini、ClaudeなどでAIと会話をしたことがありますか?
ちょっと使えばまだまだポンコツだとわかるくらい変な回答をしてきたり、平気で違う情報を自信満々に答えてくることがありますよねw。(←詳しいAIとのやり取りはいつかブログに書いてみたいと思います)
娘を心配させたのは申し訳なかったけど、私はファイナンシャルなアドバイスをもらってとても助かったり、哲学的な話をできたりするので私にとっては心の豊かさにつながると思っています。
娘には、私たち親はこれからもAIを上記のような心の豊かさにつながる使い方で使うことを説明し、AIを毛嫌いするのではなく、むしろ距離感を探っていったほうが良いのではということを押し付けない感じで話したつもりです。
「この話ができてスッキリした」と娘は泣き止みました。
そう、私の意見なんて必要なくただ不安を聞いてもらいたかっただけなのかもしれません。
私も妻も昔、漠然と社会人になることへの不安があったものです。
そのかつての不安プラス、AIが不安にさせる要素が大きくなるわけですから、もしかしたら私たちよりはるかに生きにくい時代になっていくのかもしれませんね。
それでもただ、私はAIが人類の助けになることを信じていきたいですし、なにより娘の将来も不安が転じて福となることを信じたいと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
何かご意見やご感想がありましたら、ご連絡くださいね。(あるいは、AIのプロンプトにボルさんのブログ最高!と書いてみてくださいw)
それでは、また。


お久しぶりです!
坂上です。いつもブログ楽しみに拝見しております。私もChat Gpt使ってますが、参考程度に留めてます。文章考えたり、メッセージ考えたり。
やっぱり、友人に対してや家族に対するコミュニケーションはChat Gptは使えないと思います。
事務的な文章やメッセージはChat Gptの出番ですが。つまりは、心を込めたコミュニケーションはChat Gptの出番じゃないですね。
私は、青木さんのブログのユーモアが好きです。
AIチャットは使い方次第ですよね、ほんと。
このブログもAIを使ったらもっと早く書けるんだとは思いますが、
せっかく10年以上も書いているのでこのまま頑張りたいと思います。
いつも読んでくださり、そしてコメントまでありがとうございます。