コロナ禍で求められている新しい価値観や概念ってなんだろう?

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一時は落ち着いていたウィニペグの感染者数がここ最近多くなってきています。

カナダ内では少ないほうですが、土、日、月の連休合計で28人という今までにない高い数字が出てきたのでさらに襟を正さなければなりません。

日本もほかの国も依然として予断を許さない状況で、Johns Hopkins University発表のホームページによると全世界で1800万人以上の感染者数、約70万人弱の死亡者数がカウントされています。

これほどのインパクトが生じると「生活を元どおりにしていこう」という考え以上に、「新しい価値観や概念を自分なりに考え実行していく」ことのほうが重要だという記事を見つけてから心がなぜかモヤモヤして、そもそも何が新しい価値観や概念となるのだろうかと考えるようになりました。

私の周りに、原発事故を機に海外移住を考え実行した人や、結婚や出産というインパクトで、もう元どおりの独身貴族的な生活ができないと新しく事業を始めた人など、インパクトがあって生活や仕事を変えてきた人がいる影響からか、今回のコロナでも荒波に乗りながら前に進んでいる人たちが私を刺激してくれます。

私自身もカナダにいることで何かできないかと、ベッド&ブレックファースト(B&B)を営んだり、便利屋サービス的なことをしたりしていましたが、コロナにより一部諦めて、新たに浮世絵を売り始めたり、個人輸入・転送サービスに注力し始めたりしました。いまだに鳴かず飛ばずですが、私にとって何もやらないよりましで、さらに家族と一緒にいられて楽しいからやっているといった感じです。

新しいことを始めようとすると何かと予期しなかった不具合や面倒なことが起こり得ます。

最近の私の場合、メール転送の不具合でお客様からの問い合わせフォームのメッセージが数か月にわたって届いていないという事例が十数件も発覚しました。(もし、以前このホームページや他の私が管理しているホームページより問い合わせフォーム経由で連絡したにもかかわらず私から返事がなかったというかたがいらしたら本当に申し訳ございませんでした。これに懲りずにまたご連絡ください)

新しいことを始めるのは第一歩が特にストレスとなり、システム的な不具合もさることながら、集中力や持続力が低下するという老化も出てくるため慣れるまでが大変なのですよね。

 

言い忘れましたが、この今回の私の投稿記事は「あなたも新しいことを始めたほうがよい」と言いたいわけではなく、ましてや移住や起業をすすめるわけではなく、思ったことを徒然なるまま書いていきます。ほぼ自分に言い聞かせている内容なので、独り言につきあってもらうような申し訳なさがありますが、お時間がある時にでも読んでくれると嬉しいです。

 

いろいろと変化を余儀なくさせるようなインパクト(今回の場合、コロナ禍)が起きた場合、元どおりにすべきはしながらも、元どおりにはならない物事を見極め、元どおりにならないと感じたらどうしたらよいのでしょうか?

先述した記事のように「新しい価値観や概念を自分なりに考え実行していく」ことになっていくとして、その新しい価値観や概念ってどんなものなんだろうと考えたところ、私の場合すぐにウケるサービスや、売れるモノ、つまり新たな稼げるビジネスと結びたがる思考が現れてきました。

たいてい妄想レベルに終わってしまいますが、例えばウィニペグで遺品整理の仕事を始めたら儲かるんじゃないかとか、肥満の患者さんでも軽々介助できる介護用のパワーアシストスーツを扱えば需要があるのでは?などこんな感じです。しかし、これらの妄想はコロナ禍だから出てきた新しい価値観や概念ではありません。

リモートワークや配達サービス、あるいはロボットやAIなど産業や働き方にその答えを求めてしまいがちですが、もしかしたら新しい価値観や概念ってもっと噛み砕いてみると、新しい見方や、今までと違った行動指針という意味で使われているのではないかと思い始めました。

例えば、大切な人と別れるというインパクトが起きた時、今までは「元どおりの関係性に戻したい」と思っていたけど、

「さよならを言いたくない人と出会えたなんて、ぼくはなんて幸せ者なんだ」

という今までの思考回路とは違い『別れを完結させていく』行動指針を持つというようなイメージです。

この言葉は、誰の名言か知っていますか?

そう、ウィニペグが名前の由来になっているウィーニー・ザ・プー(くまのぷーさん)の作品で出てくる言葉です。

そのほか、くまのぷーさんにはもう一つ名言があります。

「自分を変えてくれるものが、自分を作るものだ」

変化を余儀なくさせるインパクトは、元どおりにしなければいけないようなもの、または面倒くさいものではなく、新しい価値観や概念に気づかせてくれる、もしくはすでに持っていた価値観や概念の幅を広げてくれるものだとこの名言によって考えることができそうです。

しかしながら、変化には不安がつきまとうのも事実でして、不安になりたくないから変わらないことを選び、結局変わらないことを選んだにもかかわらず、やがて変わらないことが不安になっていくなんてこともありえます。そのように考えると大きな変化が訪れるということはその都度、決断を強いられるものなのでしょうね。

何か新しいことをしようとすると不安になり、何もしなくても不安になる。

そんな時は、どうしたらよいのでしょうか。

私の場合は、何か計画を立てて一日一善のごとくやっていくことにしています。

例えば、上手く直せるかわからない(=不安だった)からやらなかった玄関前の石床の凹み。

とにかく石を動かしてみないと何も変わらないのですよね。どの石をどのようにはがしていくかで迷い始めたらまた面倒になってくるので、目の前の石から取るようにしました。

次にガレージの自動ゲートの開閉リモコン(=オープナー)。

雪でガレージ内に通じる裏のドアが開かなくなってしまったら車までたどり着けません。ガレージゲートは外側から開けられないからです。ガレージゲートを外から開けるために、車に置きっぱなしのオープナー以外の予備のオープナーが必要だったのです。

今までガレージまでのドアが開かなくなるほど雪が凍ってしまったことはありませんが、開かなくなるかもしれないと感じたことがあったため、あらかじめ買ってゲートを開けられるようセッティングしておこうと思ったのでした。

また、過日は窓が割れないよう透明フィルムを買って張っておきました。

子どもたちが何度かガラスを割りそうになっていたのであらかじめ補強をしておきます。ガラスが割れたらどこにどのように修理を頼むのかわからないし、分かったとしても英語で修理をお願いするのが面倒なので割れない仕組みをあらかじめしておこうと思ったのです。面倒くさがり屋だから面倒なことをあらかじめしておくといった感じです。

「新しい何かを始める」以外のこととして、さらに悪くならないように・面倒なことにならないようにしておく(=不安要素を消す)というアクションもこの時期だからこそのキッカケとなりえます。

時間があったことが勿論大きいですが、以前から「やらなければな~」「いずれやろう」と思っていたことはほぼ全て済ませることができました。

でも。

でも不思議なんです。

これだけ済ませても無意識に「不安要素」を探しているんですよ。

なんなんでしょうか?この癖というか習性は?

心配性のほうが生きている実感がすると思っているんでしょうか?

心配していることで何かを考えずに済ませようとしているのでしょうか?

 

思えば、永住権を申請している時が特にひどい状況だったために、未だにその性質を引きずっているのかもしれません。

すべての書類を出し終えて待つだけの時も、ここまでくれば大丈夫だろうといわれている段階にきても安心してしまってはダメだとか、何か落とし穴があるに違いないというような漠然とした不安が常に付きまとっていたのですから……。

もう、サドなのかマゾなのか自分でもわかりません(笑)

ただ一つわかったことは、永住権を取得するって結婚までのプロセスや心境に似ているなと気づいたことです。

まず前提となるのが、「相手(人や国)から受け入れられたい」という心理。これが結婚前までの不安や希望、感情などに似ています。さらに、契約という結婚システムはそのままビザ手続きや永住権申請の流れに似ているのではないかと思うのです。

よく「結婚がゴールではなく、結婚してからがスタート」と言われるように、永住権も取得がゴールではなく、そこからがスタートというところも似ています。結婚前の悩みや不安と、結婚後の悩みや不安が違ってくるというところもご経験あるかたは多いのではないでしょうか?

結婚には「もっと幸せになりたい、なれるかもしれない」という希望や可能性が含まれています。永住権取得にも「もっと居心地の良い世界があるかもしれない」という希望や可能性が含まれているから、面倒くさい手続きや不安とも付き合っていけるのです。ちなみに相手に期待しすぎたり、頼りすぎ、もしくは何もしなさすぎたりすると成就しにくくなるのも似ているところだと思います。

このように考えると、希望や可能性がダメになっていくのを見たくないから不安になり、具体的な変化から目を反らせたくなるのかもしれません。

逆に言えば、もっと幸せになれるはず、もっと居心地よく過ごしたいというような欲望が持てている状態=不安が襲ってくる状態とも言えそうです。つまり目標や期待する状態に向かって歩んでいるからこそ不安を感じるわけで、

「こんな不安を得られるような目標や成長のキッカケと出合えたなんて、ぼくはなんて幸せ者なんだ」

と、くまのぷーさんのように考えることもできるかもしれません。

(いや、永住権申請当時はとてもそんなのんきに構えられなかったかな)

出口が見える不安(例えば、風邪など治る病気。結果が出る永住権取得可否など)と、出口が見えない不安とではそれら不安との付き合い方は変わるし、当事者か当事者じゃないか、その資格や段階にあるかないか、そして時期や環境によっても変化の捉え方や不安は大きく違ってきます。

たとえこれからどんな変化があろうと、どんな不安に襲われようとも「幸せになっていいのだ」と自分で思えるようにならないと、いつまでたっても過去の後悔や未来の不安で今が犠牲になってしまうなんてことになりかねません。(←自分に言い聞かせています)

すなわち私にとって「これからの時代の新しい価値観や概念」とは、経済的なことではなく、より幸せでいるために変化や不安とどのように付き合っていくかという知恵や行動指針のことだと思うようにしました。

Covid-19だけではなく他にもインパクト(変化を余儀なくされること)がくることでしょう。

あらかじめできることはしておき、湧き上がってくる不安と仲良くしながら、あとは自分を信じて引き続き今を楽しんで生活していきたいと思います。

今週はファルコンビーチというところにキャンプに行き、UFOを見てきます。

来週は晴れたらヤードセールをしようかと。

ブログで書けることがありましたらまた書いてみますね。

それでは、また。

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