子どもの成長。子どもには友達が必要なのかとモヤモヤする日々。

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9歳(Grade 4)の娘がとうとう今週から隔週で朝と昼にスクールガードを任されるようになりました。

娘は幼稚園からこの区域の学校に通っています。以前からスクールガードをしているお兄さん、お姉さんに憧れていたのに、とうとう自分がスクールガードになって、交差点に立っているわけです。親としても感無量。

手を後ろに組む癖のある7歳の息子もやさしく見守っています。(監督者か!笑)

子ども達の成長は本当に早い。

最近、衣替えの第二弾(防寒具を増やした)をしたのですが、服が小さくなっていて、いや、子ども達が大きくなっていて着られるものがまた減っていました。

フードがついた服を衣替えで出してくると、たいていこのポーズを娘がしてきます。

上の写真は2018年の9月。

そして、なぜか翌年もやっていました。(前年にやっていたことに気づかず)

 

上の2019年の9月の写真では歯が生え揃っているのもうかがえます。

そして、今年2020年の9月は昨年、一昨年と撮ってきたからまた撮ろうということになり、

めでたく3年連続で9月に撮影することができました。(撮影してくれた妻にも感謝)

「どんな変顔で撮られようか」「私が右側だっけ?」と打ち合わせ中なのが下の写真。

これからも何かの節目ごとに娘と一緒にフードをかぶって写真を撮れればと思っています。

7歳の息子は得意の腹踊りをしてくれます。太ったおなかをウェーブさせるのです。私にはできなくて、どこの筋肉を使っているんだろうと不思議です。

二人とも伸び伸びと育っていまして、謙遜したほうがよいのかもしれませんが、はっきり言って良い子ども達ですよ(笑)

 

さて今回は息子の学校での話です。

うちでは伸び伸びと、少々やんちゃな息子なのですが、学校ではおとなしいという内弁慶タイプでして、それを知ってか知らずか先生が心配してくれました。

学校の生活指導課?の先生(以下、S先生)がお姉ちゃんである娘に

「弟君はたいていリセス(休み時間)に一人でいるけど、友達がいるのかしら?」

と聞いてきたそうです。

息子は友達が欲しいようなのですが、自分から積極的に話しかけるほうではなく、幼稚園、小1年、そして今の2年と学校に通っていても英語があまり話せません。本人はリセスの時は娘と遊んでいることが多かったため、娘がスクールガードをランチ時もするようになってから、ランチリセスは一人で過ごすことが目立ってきたようなのです。

この場合、私たち親は何をどうしたらよいのでしょう。

一昨日、学校からの帰り道で娘から、そのS先生から言われたことを聞いてから心がモヤモヤしているのです。

ちょっと話はそれますが、S先生は昨年だったか、娘と娘が一番仲良くしている生徒に「プレイデート(親同士が遊ぶ場所と時間を決めて子ども達を校外で遊ばせること)をしたらどう?」と双方の親に提案してきたのです。

子ども同士は確かに楽しいかもしれません。でも、親はどうでしょうか?

例えば、公園で遊ばせるとして、相手の親も来ていたら相手の親と話すことになることでしょう。ええ、もちろん英語で。日本語でも何を話したらよいかわからず緊張するのに……。

英語が苦手(コミュニケーションが苦手)な私たち夫婦にとってはプレイデートは苦行のようなもので、正直「なんてお節介なことを言うんだ!」と思ってしまいながらも、欧米の文化を尊重しなければとか、先生があのように気を遣ってくれているから、子どものためなのだからなどと考えれば考えるほど日本にいた時とは違った同調圧力のようなものを感じてしまうのでした。

結局、正直に「英語が苦手な私たち家族にとって、おもてなしすることが難しく、妻はスモールトークでさえ自信がありません。責任が持てない役割をすることは子ども達のためにもならないのではないかと思っています」と手紙を書いてプレイデートは諦めてもらいました。

なんだか言い訳をして、免除をもらっているようで惨めな思いと、子どもの楽しみを親の都合で奪ってしまっているのではないかという罪悪感、そして拭うことのできないモヤモヤ感がまとわりついてきます。

他人の家族の問題や、ドラマ、新聞のお悩み投稿などでこのような場面があったら、

「そんなん、子どもの意思を尊重してやったらいいんじゃない?」

と、正論を吐いていたと思います。

でも、もし相手のお子さんを預かって、その子がケガや病気をしたら、その子と英語で話せないだけでなく、医療につれていけるかと、医療に関する専門用語がわかならないなどリスクマネジメントや責任はどうすればいいのでしょうか?

それに、毎月プレイデート、いや、毎週プレイデートに子どもの意思を尊重したがためになったら、息子だけの時間や家族の時間は今まで以上に縛られていくことになるでしょう。

当事者にならないと判断できないこともあるものです。子どものお陰で親行を鍛えてもらっています。

 

プレイデートを提案してくれたS先生が気にしてくれるのはありがたいことですし、今回も息子の「友達はいるのかしら」と心配してくれるのはありがたいことです。

でも、今後どうしたらいいんだろう。

例えばあなたに7歳くらいのお子さんがいらして、もしくは自分が7歳くらいだとして「あなたは(or あなたのお子さんは)休み時間に一人でいることが多いようだけど、お友達はいるのかしら?(お友達と遊ばないの?お友達を作らないの?等)」と聞かれたらどのように感じますか?そして、どうするのがよいと思いますか?

「あなたはその年にもなって結婚していないけどお相手はいないのかしら?」と心配されたら大きなお世話ですが、子どもの成長上、情緒教育上のお友達という存在の必要性や、カナダの社交的な文化という視点で友達が必要だと暗に諭されているなら何にも言えません。

私だけの価値観(「友達百人できるかな?」というような教育に疑問を持っている)で、子どもの可能性を摘むんでしまうようなことになったらと思うと自信がなくなるのです。

私たち夫婦は毎日送り迎えをしています。その時の子どもたちの顔や言動を察したり、その日にあったことを聞いたりしています。

息子はおおむね「今日も楽しかったよ」とその日にあったことを話してくれ、楽しくなかった時も具体的なストーリーを話してくれるので助かります。

休み時間に一人でいることが多いことは知っていましたが、息子が学校生活に満足していると解釈していたから我が家では問題にしてきませんでした。娘に至っては「いいのよ、彼は一人で遊ぶのが上手なんだから」と気にもかけていません。実際、一人で遊べる子なのだと私たち夫婦も思っています。

S先生に改めて問題提起されたような気がして、内心「この学校、この学年ではまだ友達がいないだけであって、どうか放っておいてくれ」と強く思う反面、「それではいけないのかな~?」とモヤモヤしたり、それとも「先生はただ息子のことを尊重したかったから確かめただけなのかな」などと慮ったりした状態なわけなのです。

これからの答えは様々な要素がかかわって自然と作られていくように思います。

この続きは数日後、数か月後、いや、数年後にブログに書くかもしれません。

いずれにしても子どもの成長を信じていきたいと思います。

今回はこの辺で。

それでは、また。

げ!このように日記に書いていけば何かしらの答えにたどり着くかと期待したのですが、無理でした。う~ん、なんだろうこの根強いモヤモヤ感は……。

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