日本から妻の両親がウィニペグに遊びに来てくれました。来てくれたからこそ終活を考える。

賑やかだった一週間が終わりました。

約6年前にウィニペグに遊びに来てくれた妻の両親が先週末から1週間、再びウィニペグに来てくれたのです。

娘と息子はじーじとばーばが来てくれることをずいぶん前から楽しみにしていました。

一方、私のほうはといいますと……、

数日前から「おもてなしするにあたって粗相があってはならない」とそわそわしたり、「どんな距離感で、どう接していたっけ」という戸惑いが生まれてしまって、話しかける会話のレパートリーをリスト化したりしていましたw。

実際に、義両親とウィニペグ国際空港でお会いしてから私のぎこちなさは半端なく、

「日本は今、40度になるくらい暑いそうじゃないですか?」→ウィニペグは夏が比較的涼しいため『過ごしやすさマウントしている』などと思われたらどうしよう。

「お、お義父さん、脚の調子はどうですか?」→あまり老人扱いするのは失礼かも。

「あんな低いところに虹が出てますよ」→(以前、お義父さんが言っていた「4時なのにニジが出ているな~」とダジャレを再び言う瞬間が来ましたよ、さあ!)→あれ?言わない?私がいうべき?

などなど、勝手に気を遣いまくって勝手に疲れていましたw。

しまいには場面緘黙症の息子のほうがじーじとばーばと話していて、私が緘黙しているという始末。

 

息子はじーじに釣りを教えてもらいながら普通に話しているので本当に安心しました。

Steep Rockでは魚の当たりもなく、ただ釣りのキャスティングを練習している感じでしたが息子は楽しそう。

翌日のPinawaダムでも釣りをしましたが、釣れませんでした。

ちなみにマニトバ州に観光に来たならばピナワは行ったほうが良いです。風光明媚な良いところで、今は使われていないダムの面影がなんとも異国情緒を感じさせます。

釣り以外でもカヤックなどを楽しめます。

しかし水の中にはヒルがいますから注意が必要ですけどね。

あ、ヒルで思い出しましたが、

「もう夕方なのにヒルがいる」というようなお義父さん好みのダジャレをかましたほうがよいのか悩みながらも何も言えず……。ダジャレは得意なほうなのにどうしちゃったんだろう俺……。

なんだか、懐かしいような恥ずかしいような日本ではよく体験していた人間関係の難しさについて久しぶりに考え込んでしまいました。私は昔、営業職だったことがあって初対面の人には社交的に接することができるほうなのですが、距離が縮まるにつれどんどん付き合い方がぎこちなくなってくるのです。

一方で妻は第三者に対してコミュ障になるのですが、こと身内だけになるとムードメーカーとなりみんなを盛り上げ、特に感謝上手なところがコミュニケーション上手だと思わせます。自分の両親がウィニペグの家でお世話になるということを気にしてくれて、私や子ども達にも心から感謝してくれて、みんなが気持ちよく過ごしやすくしてくれるその態度や言動に妻の家族愛を感じるのです。

「そうか、気の利いたことを話そうと気負うのではなくて、感謝をベースに話せばいいんだ」と妻の何気ない言動から教えてもらえた気がしました。

それからというもの、

「いろいろと子どもたちに買っていただいてありがとうございます。なにかお義父さんお義母さんも必要なものがあったらおっしゃってくださいね」とか「カナダのお土産で配るための商品をさっき妻と買ってみたのですが、もしよかったら日本に持って帰りませんか?」など、比較的スムーズに会話をすることができましたよ。

じーじやばーばが来てくれた効果は14歳の娘にも波及していました。

英語が話せない母(妻)とばーばと娘の3人で一緒にガールズショッピングに出かけることがよくあり、店員さんとのやり取り、例えば服のサイズやレストランの注文で娘が英語を頼られているうちに、

「ショップやレストランで話すのに昔は緊張していたけど、(お父さんがいなくて)その場では私に責任があるように感じて店員さんに頑張って話しかけることができたよ」と気づきや自信につながったことを教えてくれました。

やはり『当事者としての責任』が人を成長させるのかもしれませんね。

妻は「両親にウィニペグまできてもらった」という責任や感謝を感じているため、帰国のための搭乗手続きを手取り足取り手伝って、手荷物検査のゲートの外で心配そうに見送る後ろ姿はどちらが親なのかわからないほどでした。

「だって、これで直接会える日が最後になるかもしれないのよ」というのが今回の口癖で、妻は滞在中の両親をしっかり手伝い、しっかり甘えて、しっかりこれからのことを話しあっていたことが印象的でした。

 

日本にいる親の老後をどうするか。(もちろん自分の老後も)

海外に移住した人なら大いに悩む事柄です。

ただでさえ海外にいてその時に立ち会えないかもしれない不安や、死後の手続きなど面倒なことを誰かにお願いしなければならない罪悪感があるわけでして、勝手かもしれませんが、あらかじめある程度の取り決めをしておいたほうがみんなにとって良いと感じるのです。

それこそ、各ご家庭によって関係性や距離感がそれぞれ違いますから正解があるわけではありませんが、ある程度の取り決めをしておくとはエンディングノートに書く実務的な内容のようなことでして

例えば、

・介護、葬儀やお墓はどうしたいのか。

・財産や遺言書に関することはどうするのか。

・毎月の支払いや銀行口座、印鑑の管理はどうなっているのか。

など、本来聞きづらい、話し合いづらいけどあらかじめ確認しておく必要があるものを親が来てくれた際や、自分たちが一時帰国する際に、自分たちが当事者である責任を自覚し、感謝をもって話し合っていけば、きっと上手くいくのではないかと思いたいのです。いや、もう今できることはそれしかないのかもしれないとも思えてきます。

(もし、あなたが海外暮らしが長くて何か感じることがありましたらぜひご意見やご感想をお寄せくださいね)

我が家は来年2026年の12月下旬には一時帰国を予定していますが、自分の終活も含めて親との今後のことを意識し日程を組んでいきたいと思っています。

忙しくも家族愛について考える貴重な一週間を送ることができたことに心から感謝です。

今週末はキャンプに行くため、家族で貴重な時間を過ごしたいと思っています。

それではまた。

 

 

 

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