カナダグース工場での伝説の糸読み師の話。他2話。
2023年10月27日(金)の朝からすっかりウィニペグらしい風景になっていました。
15センチくらい積りましたよ。(今も降っていてもっと積もっています)
職場に行く前に家の前を雪かきしたのち、ジャケットを着て雪用ブーツを履いて出かけるわけですが、職場に着いたら半袖でも過ごせるくらい暖かいため、ジャケットもブーツも脱ぎ、ルームシューズに履き替え、ユニフォームを羽織って働き始めます。
以前からブログに書いていますが、私も妻もカナダグースの工場で働いておりまして、お互い仕事のことやどうでも良いカナダグースあるあるについて話し合うことを楽しんでいます。
ミシンを使う人じゃないとわからない話やカナダグース勤めじゃないと説明が難しいこともありますが、今回は職場話について深堀りして3つのエピソードを長文にしましたので読んでいただけると嬉しいです。
その1【誰も褒めてくれない職場】
以前、シェフとしてキッチンに立っていた時には「美味しかったよ!作ってくれてありがとう」とか声をかけてもらったり、チップをもらえたりするなど直接感謝を受け取る機会があったものです。
工場勤務の人にはわかってもらえるかと思いますが、『お客様』と直接顔を合わせることがありませんから「この商品!とても良いわよ!」などと声をかけてもらえることはまずありません。(直接クレームを言われないのは良いことですが)
大袈裟に言えば、ただ黙々と作って、失敗すれば上司や同僚に嫌な顔をされるだけという環境なのです。
そのため、感謝されるのに飢えている人が少なくありませんw。
純粋に自分がやっていることを認めてもらいたいとか、褒められたいという感情ってあるのですよね。(人にもよりますし、長く勤めているとそんな感情はなくなっていきますが、新人さんに多い感情です)
あまりにも感謝されない・人とのつながりが少ないからか、他のソーイングオペレーターのところに行って
「あなたの縫い方、上手だわ~」
「早いわね~」
などと自分から褒めまくる人が増えるのですw。(SNSで自分がフォローされないから自分からフォローやコメントして反応を待つのに似ているのかな?)
褒めるための表現やボキャブラリーがなくなっていくと、
「縫ったラインがとてもストレート!」(←機械で縫っているんだから当たり前だしw)
「あなたの縫った縫い目って、均等でなんかええわ」(←同上)
誰が縫ってもほぼ同じようにできるはずなのに、そこに違い?を見つけて褒めようとしてくれるそのサービス精神に「ああ、この人は感謝や人とのつながりに飢えているんだな」とほっこりしてしまうのです。
褒められたいとか、褒めたい、人とつながっていたいというこの工場における現象?を理解していないと、工場内での人間関係に失敗することがあります。
次はそんなエピソード。
その2【私の認知のゆがみで失敗した人間関係】
カナダグースでは労働者を管理するシステムがしっかりしています。一人ひとり端末があり、その端末にはタイムカードの役割や、どの仕事を何分でやっているかをスキャンカードをかざすことで自動的に測ってくれる仕組みがあるのです。
各仕事ごとにジョブナンバーがあり、例えばポケットを付ける仕事は09256とか、ジッパーをつける仕事は08456などをまず入力してから、縫わなければならないバンドル(=縫うパーツが入った袋)に付随しているスキャンカード(これにはどの種類で何個入っているかがすでにインプットされている)を使ってスキャンすることで何分で1バンドル=1束ができるかのカウントダウンが始まるのです。
すでに『この仕事には何分かかる』というリサーチがされていて、例えばこのバンドルは10パーツ入っていて28分で完了できたら100%のエフィシエンシー(能率・達成率)になるよとわかるわけでして、ただひたすら端末にジョブナンバーを入力して、スキャンカードをスキャンすることで自分の一時、一日の成績がわかっていくというドライな仕組みなのです。
上の説明や仕組みって、知らない人にとってはどうでも良いことですよねw。
でも、このエフィシエンシーという仕組みがあるからこそ進捗の目安になり、達成できる喜びになり、逆に、時間に追われることで苦しむことにもなるわけですから、カナダグースの工場勤務者にとってはとても重要なことなのです。
100%のエフィシエンシーをキープしている人は「ピースワーカー(平和な労働者?と思っていたらmake a piece over 100%という意味だそうです)」と呼ばれます。
私は今やっている仕事ではピースワーカーになれるのですが、他の仕事ではピースワーカーになれません。
妻は常にピースワーカーで、100%以上の部分で基本給以上の歩合給を稼いでいます。
そう、100%以上をキープさせると歩合給が発生するというのも良くできた仕組みなのだと思います。
そのため、工場勤務者の中では、
「どう?ピースワーカー?(=達成率100%以上で稼げている?or あなたってどれくらいできるの?)」
という若干うざい話しかけ方、会話がみられるのです。
ここまでが話の前提でして、ここからが私が失敗した話。(前提ナガっ!w)
先月、私は他のラインのヘルプに入っていました。
ヘルプに入った先の前任はその作業がとても速かったため、並み以上の速さが私にも求められました。
縫う場所などを習ったものの、初めてのジャケットモデルだったため、なかなか速く縫えません。
縫い方を失敗して思うようにいかないこともあったため、私はイライラしてきてしまいました。
そんな時に、後ろで働いている社交的なアルマという女性の声掛けが鬱陶しくなってしまったのでした。
「前にそのマシンを使っていた人は速かったわよ~。エフィシエンシー200%いっていたもの。基本給の2倍はもらっていたんじゃないかしら」
ある時には、
「休み時間くらい、きちんと休みなさいよ」
と言われ、しばらく経って、
「ねぇ、ピースワーカーになれた?」
と何度も聞かれるようになったため、当時余裕のなかった私の脳内では、
「休み時間を使ってエフィシエンシーを稼ごうとするし、前任とはずいぶん劣るわね。ピースワーカーになれるのはいつになることだか……」とか、
「ラインなんだから次の過程の人が待っているのをどう思うのかしら?」と厭味に変換されてしまったのでした。
これが私の認知のゆがみだったと気づいたのは、私がアルマにキレてしまってから……。
ある日、いつものように私がバンドルをこなそうと格闘していると、
「どう、ピースワーカーになれた?」
と再度聞いてきたため、
「もうそんなにプレッシャーをかけないでくれよ!あともうちょっとでピースワーカーになれるから!」
声がいつもより大きくなって、言われたアルマはビックリしています。
そして、アルマはなんて言ったと思います?
全然、厭味なんかないんですよ。
「あなたは頑張っているから、すぐにピースワーカーになれると思って……。ごめんなさい。プレッシャーをかけているつもりはなくて、あなたがピースワーカーになったら一緒に喜びたかったの……」
【ピースワーカーになったら一緒に喜びたかったの】
この言葉を聞いたときに私は心底反省しました。
ここで先述したアルマが言っていた会話を振り返ってみたいと思います。
「前にそのマシンを使っていた人は速かったわよ~。エフィシエンシー200%いっていたもの。基本給の2倍はもらっていたんじゃないかしら」(→200%を稼げる仕事はなかなかないから嬉しいわよね、だからあなたも頑張ばれば200%いけるわよ!と変換できる)
「休み時間くらい、きちんと休みなさいよ」(頑張りすぎは良くないわ。適度に休んだほうがエフィシエンシーがあがるものなのと変換できる)
「ねぇ、ピースワーカーになれた?」(→なったら私も嬉しい。一緒に喜びましょう。だって私、頑張っているあなたを褒めたいんだもの……と今思えば変換できる)
ね。
来年、50歳になるおっさんでさえ、認知が歪み、こんな人間関係のミスをするんです。(年齢は関係ないかな?)
褒められたいし、褒めたいという工場内の雰囲気をあの時に思い出していればこんなことにはならずにほっこりとしていたかもしれないのに、アルマに対してなんてことをしてしまったのだろうか。
余裕がなかったあの時にはあんなに『お節介でいやみなおばさん』だと思っていたアルマでしたが、今では心から感謝しています。おかげで工場内の同僚に何を言われても悪意と取らずに、ずいぶんやさしく対応できるようになりました。
次は最後のエピソード。
その3,【伝説の糸読み師】
50歳代の従業員は別に少なくなく、60歳代の女性も多いです。
ベテランの技というものを見ていると楽しいため、私はたまにベテラン勢に話しかけます。
話しかけると「ちょうど良かった、あれ持ってきてくれよ」とか「これ持ってって」と頼まれたり、「わたしゃ別に褒められなくたって自分の上手さを知っているからね」と可愛くないことを言ったりしてきますw。
ある時、
「ねぇ、エアガンない?」と聞いてくるので何のことかと思ったら、
上の写真のようなエアスプレーといいますか、ブロワーでした。
これは、裁縫業の現場には必要でして、糸の切れ端や羽毛などを瞬時に飛ばし去ってくれる素敵なアイテムなのです。
「ごめん、このデスクにはブロワーがないんだよ」と応えると、
「じゃあ、いいわよ。自分の使うから」(←持っていたんか~い!)
と、エアガンではなく、
自分の口を膨らませて、フ~と息を吹いて糸切れを飛ばしていましたよw。(可愛いところもありますよね)
そんな人間味溢れるベテランに聞いた【伝説の糸読み師】のお話。
これまた裁縫に携わる方でないとわからりづらい話ですので、また長い前提が必要となってくるのですが、
『ボビン』って知っています?
「ええ、下糸を巻く筒状のものでしょ?」
そう、下糸という概念がまず必要でして、多くの裁縫機械では、2本の糸で縫い合わされて線になります。その下糸と呼ばれる糸はボビンに巻かれ、ボビンケースに入れられミシンの下のほうに設置されます。そして糸が切れれば(なくなれば)取り換えが必要となるため、頻度によってはちょっと面倒くさいのです。
以下の写真がボビンとボビンケース。
繰り返しとなりますが、ボビンに巻かれた分だけ縫えるわけでして、逆を言えば、ボビンの下糸がなくなってしまうと縫い目を作れなくなってしまうため、途中で縫い目が切れているのに気づくなんてよくあることなのです。
下糸がなくなってしまった時点で針の穴だけが布に残ってしまう状態になるため、その縫われなくなった地点から縫いつなげるか、全部糸を取ってから針の穴の上に合わせて縫い直すかを求められます。
つまり、ボビンの下糸がなくなるというタイミングは、縫っているリズムを崩すだけでなく、縫いそびれた針の穴を隠さなければならなくなるという無駄な時間が発生するというわけなのです。
ベテランはその無駄な時間を嫌がります。エフィシエンシーが下がってしまいますからね。
そこではどうしたらよいのでしょう?
多くのベテランは、
『ボビンの下糸があとどれくらいでなくなるのかを感覚で知るようになる』のです。
例えば、5着縫い合わせたらボビンの下糸を変えるタイミングだ、とか、1時間半くらいしたら変えようとか。各自の感覚で下糸を換えるタイミングを覚え、同時にタイミングをミスる場合も出てくるのです。
そこで、ようやく伝説の糸読み師の話になります。
その人は、ボビンの下糸がなくなりそうになるタイミングを見事に察知して、無駄にする時間・無駄にする残りの糸なしに換えることができていました。
どうしてそれができるのかといえば、
「ボビンに巻かれた糸の厚み」でわかるのだそうです。
なるほど。
それだったら、例えばランチで席を外して戻ってきた時などでどれくらい下糸が残っているか覚えていない際、ボビンを取り出して見て「あとどれくらいで換えるべきか」を判断しやすいですからね。
「ボビンにこれくらい下糸が残っているならあと2着は縫えるわ」
「この厚みだったらあと1着で交換ね」
などと例の糸読み師は眼を細めながらつぶやくのだそうです。
その読みがあまりにも的確だったため噂になっていったのでした。
でも、ボビンの形状によってどれくらい糸が巻けるかは違ってくるし、厚みだって誤差があるはずです。
それなのに「いつ下糸がなくなるのか」を予見できたということは、何か特別な能力でもあったのかもしれません。
「あとどれくらいで糸がきれてしまう(なくなってしまう)」かが読める能力。
その糸読み師の能力は工場の外でも発揮されていきました。
ある日、糸読み師の友人であり同僚が主催するパーティーに、その同僚の娘と婚約相手が皆の前に出てきて挨拶をしていました。
糸読み師はその若い二人を眼を細めながら眺めてから、
「あの二人はもってあと3か月ね」
と、つぶやいたんだとか……。
そして、本当にそれからあと3か月になる寸前で別れてしまったのです。
伝説になった瞬間がそこにありました。
まさか、その糸読み師が
【運命の赤い糸】の残りまで読めていたとは……w。
それからというもの同じラインの同僚皆から怖がられて、ピースワーカーだったのが職場の平和を乱すピースブレーカーになってしまって引退してしまったのだとか。
いかがでしたでしょうか?
私の職場では楽しく語られているエピソードですが、ミシンのことやボビンのことなどがわからない人にとってはわかりづらい話だったかもしれません。
でも、もし一瞬でも「クスッ」と笑って楽しんでくださったら幸いです。(さらに私の文章を褒めてくれたら嬉しくて震えますw←褒めてもらいたがり屋がここにもおる)
もうすぐ11月になりますね。
引き続き、11月もあなたにとって素敵でピースな一日になりますように。
それではまた。
ぼるさんお久しぶりです!maipocoの旦那です。
カナダグースエピソードいいですねー^ ^
エフィシェンシーやボビンなどの言葉であの時を久しぶりに思い出して夫婦で懐かしみました。もう3年以上経つんですね。
ぼる妻さんもぼるさんもピースワークすごいです‼️
そしてイライラの話もすごくわかります。僕もあの時はピリピリしすぎてました、、、反省ですね(*_*)
今回もぼるさんの文章が面白くて2人で笑いました。特にmaipocoはブログやメッセージでよく爆笑してますww またお宅にお邪魔してピザとか梅酒とかお寿司とか頂きながらお話ししたいなぁ、、なんて夢見てます^ ^
これからもブログ楽しみにしてますー!!
お久しぶりです!コメント嬉しいです。
懐かしいでしょ~あの工場。コロナ後は人員削減しまくって半分くらいの人数ですよ。
勤めて4年くらい経つので、僕もそろそろ運命の赤い糸が見えてきているように感じますw。
またいつか、どこかでお会いしたいですね。その時は「必殺の親父ギャグ」をご披露しますよw。